2015/02/05

自分とは別の生き方を求められたら?




















身体には明らかに
機能としての性別があるけれど、

意識には性別というよりは

「(その人)ぽさ」があるだけかな?
と感じます。

 *

それは、

「らしさ」という程
個別に確立はされていなくて、

もうちょっと
身体に触れた温度が
心地よいかどうかを判断するみたいな、

ちょっとした笑いのツボの違いみたいな、
そういうことを言おうとしています。

 *

新生児室に行った時に、
そこには性別を感じませんでした。

きっとおくるみをはがしたら
身体の男女差は判ったと思うのですが、

意識として観ていると、
とってもフラットで。

もう外側に気がついている子が居たり、
そうではなくて身体の中に眠り落ちている子も居たり。

 *

わたしは、

「雄々しく生きろ」と
祖父に意識教育を受けた母親に、

「男の子っぽさ」=「いいこと」として
育てられたのですが、

わたしの「ぽさ」は、
女の子寄り。

それでもお茶碗や枕カバーは
「マジンガーZ」だったので、

それなりに複雑な心境だったのではないかな?
とは思えてしまいます。

当時描いている絵で、
印象深いのは、

大きなヒヨコの頭に
大きな水玉リボン。

みたいなのがあるので、

既に周囲に合わせていた可能性もあります(笑)。

難しいことじゃなくて、

自分の手を出したものに対して、

親の反応が
大きい方ということだったんじゃないかな?

と分析します(笑)。

 *

ひらひらを着たくて仕方なかったし、
髪の毛を伸ばしてリボンがしたかったタイプです。

 *

こないだフラメンコのレッスンへ行った後。

電車でもバスでも、
泣けて泣けて仕方なくて。

そこには自分の中に居る「女性」が
やっと立ち上がってきたイメージがありました。

 *

幼少から繰り返して観ていた怖い夢があって。

それは、

真っ赤なワンピースドレスに
真っ赤な赤い帽子を被っている黒い長髪の女性で。

その人は
中空に浮かぶコンクリートローラーに

音もなく吸い込まれるように潰されていく、
というものでした。

この夢は2007年の入院中にも観ていて。

わたしは当時、

そろそろわたしは赤いドレスを
「自分に着せてあげる必要がある」のではないか?

と思いました。

 *

GAP で赤いワンピースを買ったのですが。

もうGAP で買っている辺で
全然ダメだったのですよね(笑)。

それはわたしの中の「女性」を
満足させることは難しかったのだと思います。

そして、
それは親からも不評を買い(笑)、

結局若い女の子へのプレゼントになりました。

 *

その日わたしは、
中級者の方と一緒のレッスンだったのですが、

彼女達は既にレッスン用の
スカートを履いて良いことになっていました。

それがすごくうらやましくて。
上手くなってきたらあのスカートがはけるんだ!

と思ったらすごくトキメクのです。

そして発表会の時には、
衣装が身に着けられます。

それは親が絶対に許してくれなかった、
ひらひらのドレスです。

 *

身体を鍛えていって、
社会でやっていけるように心身を作り直すこと。

それは今のわたしの、
お仕事みたいなものです。

フラメンコを踊れるようになるのは
一体何時なのかな?

と思うのですが。

セビジャーナスは
2年もしたら少しは踊れるようになるだろうか?と。

4年後か5年後には、

スペインに移住する夢を持っている
お友達の家に長期滞在して、

春祭りでセビジャーナスを一緒に踊りたい。

そういう目標を掲げてみました。

 *

身体をやわらかくすることも
筋肉を作ることも、殆どこれから(笑)。

身体を感じながら楽しみながらやりたいです。

 *

フラメンコのレッスン後に感じた涙は、

この映像を観て泣いた時の気持ちが
とても似ていると思います。

「女の子みたいに走ってみて?」

そう言われたら、
みんなどうしたと思いますか…?

その言葉を聴いたあなたは、
あなたが男性であっても女性であっても、

一体何をイメージするでしょうか?

実際の「少女」がそれを聴いて行った行動を観て、
あなたは何を感じるでしょうか。


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