2012/05/19

意識がクリア過ぎる
















病後リハビリをサポートしていただくために、
(薬の副作用やら感情的な葛藤を昇華するため)

退院後は臨床心理士さんと
定期的にお会いしていたのですが、

自分の整理にもなっていいですし、
相性が良いのかすごく楽しいため(笑)、

5年経った今でも
月に1度おしゃべりをさせていただいています♪



そこで

意識についてこれない
身体が嫌だった話をしたら、

「意識がクリア過ぎるんだと思うけどねえ。
むしろ身体は普通というか(笑)」

という話になって、
すごく興味深いと思いました。



身体は普通で、
意識がクリア過ぎるのだとしたら、

身体は別にダメじゃない(笑)。

それってすごく新しい視点です!



常々わたしは、

クリアクォーツの領域は、
1度知ったらそれでいいのではないか?

と思っています。

その状態で
毎日を生活するのは

あまり現代の人間的ではない気がしていて、

ちょっと何かが混ざっている位が
ちょうどいいと言うか…、

その混ざっているものが、
その人らしさであり、

つまりそれが彩りであり豊かさだなあと見えています。

とはいえ、

クリアクォーツの領域を生きたい人を
止めたりはしませんが(笑)!

一生知らなくても
十分楽しく生きていけるよな~と、

思ってはいます♪



身体に意識を持っていくためにと、

橋渡し役として使い始めたのが、
ミルキークォーツだということが、

このやりとりと
とてもリンクして感じられました。

ミルキークォーツというのは、

クリアクォーツにミルクを落としたような、
やわらかな視界です。

くっきりハッキリと見つめるのとは
違うモノの捉え方を

教えてくれているみたいです。



クリア過ぎる意識があるのだとしたら、
身体への橋を渡るのに、

この少しやわらかでぼんやりした捉え方は、
役に立ちそうです(笑)。

思えば長年の仕打ちにもめげず、

言う事を聴いてくれている身体には
感謝なのですよね。

ただ大変申し訳ないけれど、
身体との確執は10代に遡るため(笑)、

急に大好きになると
バランスが激変してしまうから

わたしにはちょっと大ごとです(笑)!

焦らずゆっくり好きになろう、と思います。



こっちが普通なのね、と思えば
身体がどれだけがんばってくれていたのか、

感謝の気持ちにもなります。



モノの見え方って、

本当に意識がちょっと変わるだけで
がらりと変わりますよね(笑)。

まるで魔法のようだと思います♪



それにしてもわたしは、

本当に

自分のあらゆることを
ダメだダメだと思ってきたのだなあと思います。

3月の記事にも何度か書きましたが、

本当に可哀想な位、

長年自分をダメだと
無意識に習慣的に言い続けていたんですね。



退院後は
身体の感覚に以前よりは意識を向けているので、

よく熱が出たり、
倒れこんだりしていたのですが、

完全に「意識にシフトする」と
かなり無理が利くのも事実で、

「じゃあちょっとそろそろ休んでいいかな?」と

気を抜いた途端に
病人然とするわたしに、

周囲に居た人みんなが
心底驚いているシーンに遭遇したこともあります。

調子が悪いのは、
身体であって

意識は
いつも通りであるということなんですけどね(笑)。

身体に引っ張られないでいる
(身体を無視する)っていうことは

出来ます♪

ただ、

意識が嫌がるものには
逆に過剰反応しますね。

記憶されているもの、というか。

わたしの場合、
注射は小さい頃に嫌な思いをしたことがあって、

別に痛くないものは痛くないのに、
(と、身体は知っているのに)

意識的に
注射が嫌なことに入っているので、

心理的抵抗が非常に大きくて未だに苦手です(笑)。



まあ何にせよ、
驚かれたということは、

多くの人にとっては
そうじゃない

という事なのかも知れません。

そういうことを
オレンジムーンストーンが教えてくれる気がします。

オレンジムーンストーンって、
身体意識ですよね。

身体そのものよりも、
意識に近い。

だから、
ムーンストーンなんだと思います(笑)。

(適当なこといっぱい言ってますね、わたし!)



いずれにせよ
身体への感謝が深まって来ています♪


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